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名古屋地方裁判所 昭和36年(ヨ)775号 判決

申請人 岩田一子

被申請人 東洋レーヨン株式会社愛知工場自治会

主文

申請人の本件仮処分命令の申請を却下する。

訴訟費用は申請人の負担とする。

事実

申請代理人は、被申請人が申請人に対し昭和三十五年十月十八日附を以てなした東洋レーヨン株式会社愛知工場自治会員を除名する旨の意思表示は、申請人が被申請人に対して提起する除名処分無効確認の訴の本案判決確定に至るまでその効力を停止する。訴訟費用は被申請人の負担とする。との判決を求め、

申請理由として、

一、申請人は、昭和三十一年四月二十四日申請外東洋レーヨン株式会社愛知工場の従業員となり、現在に及んでいるが、同日以降昭和三十五年十月二十六日まで同工場附属寄宿舎に居住していたものである。

二、右寄宿舎生活の自治のため居住者全員を以て自治会が組織され、同自治会は東洋レーヨン株式会社愛知工場自治会と称し、現在の代表者は板垣勉である。

三、申請人は昭和三十五年七月二十三日午後三時過ぎ右寄宿舎の明和北寮九室内において、申請人の同僚である本田美記子、草野輝子両名に対し、「新安保条約を承認せず、破棄することに賛成する」、「国会をすぐ解散し総選挙で新安保条約反対の民主連合政府をつくることを要求する」という趣旨の署名を求めたところ、右両名はこれに応じたが、その後同年八月二十四日当時の自治会長水島博は、右署名を求めたことを理由として、「署名をした本田も草野も迷惑したといつている。自治会員が迷惑するようなことをして貰いたくない。」旨を申請人に申渡し、始末書の提出を強く要求した。その際申請人は始末書は書いたものの捺印を拒んだ。そして、申請人は、右要求が自治会々則第十条の定める正常な手続を経ないで賞罰を受けることがないという規定に反することを理由に、正式に査問委員会において審理して欲しい意向を表明し(実際に査問委員長宛に提訴したのは同年九月二十四日である)、ここにおいて同年八月三十日査問委員会において申請人は自治会長宛の始末書提出という制裁を決定され、更に同委員会は同年九月二十二日右決定に従わなかつた申請人に対し右始末書提出、権利一時停止の決定をなし、いずれもその旨自治会長より申請人に対し通告がなされた。

しかして、右第二回の査問委員会において決定された制裁理由のうち、始末書提出の理由は、署名運動が自治会の知らない裡に寄宿舎内で行われたうえ、自治会々則に規定された以外の活動は自治会の機関に届出てその許可を受けてから行わねばならないし、また自治会々則中に署名運動を許さぬ旨の明文は発見されないが、若しその解釈に疑があるならば、役員、委員等に尋ねるべきであるのに、申請人はことここに出なかつたというにあり、また権利一時停止の理由は申請人より署名を求められた前記本田美記子及び草野輝子に対し迷惑を及ぼしたというにある。

四、その後自治会の役員が改選され、同年十月十四日、査問委員会において申請人に対し自治会員を除名する旨の決定がなされ自治会長より同月十七日附の書面で、同月十八日附を以て自治会員を除名する旨の通知を受けた。右除名理由は、「寄宿舎内においてはし自治会に届出ずして署名運動などの行為は禁止されているにも拘らず敢てこれを行い、会員に迷惑をかけ、自治会の秩序を乱た。その後機関において上記行為の制裁(第一回始末書提出、第二回権利一時停止と始末書提出)を決定し、自治会長より再三に亘り本人に対して本機関の決定遵守を要請したにも拘らず、反抗的言辞を表し、飽くまでこれを拒否した。その前後においては役員数人よりその行為の非なることを諭し反省を促したが、却つて反抗的態度をとるばかりで、最早改悛を期待することは不可能と判断した。かかる事態を放置するときは自治会としての秩序を保ち得ない。以上の点に照らして自治会々則第六十四条第一号により除名する。」というにある。

五、ところで、右除名処分は、次に述べる如く無効である。

(一)  第一回の始末書提出の制裁決定が不当であるから、これを前提とする除名処分は結局無効である。

申請人は、本田美記子及び草野輝子に署名を強要したのではなく、右両名の声なき声を聞き分ける感覚を持ち合わせていないので、署名拒否の意思表示をしなかつた右両名に署名して貰つたまでであるし、また、日米安全保障条約の改正が国会で論議されていた頃のことで、安保反対のために生命を失つた申請人と同年令位の女性もあつたので、安保条約が日本の将来のためにも自分自身のためにもよくないものであると考えて署名を求めたのである。安保破棄とか署名の趣旨に日本共産党の名がでていることが思想的にみて思わしくないといえば格別、署名運動自体が他人に迷惑をかけたり秩序を乱したりすることにはならないと考えられるし、寄宿舎規則及び自治会々則を見ても署名運動などの行為を禁止する規定はない。また昭和三十五年四月二十二日の第七回常任委員会において、当時寄宿舎内において自治会の機関を通さずに映画の券を数枚販売した者があつたので、「今後この種の自治会活動以外の活動を寄宿舎内において大衆を対象として行う場合は予めその旨を自治会に届出、許可を得てから行う」旨決議されたが、これは署名運動などの所謂政治活動についての決議ではなく、また、右決議は自治会の機関紙「すいれん」にもその内容が明確に掲載されていないし、その公示方法は漠然としたものであつて、申請人には直接的には勿論のこと間接的にも全く示されていないのであるから、被申請人は右決議の存在を申請人に対抗し得ない。更に、右決議が署名運動等の政治活動に関するものであるか若しくは政治活動に適用されるものであるとするならば、これは、許可制を以て、基本的人権と目される政治活動を抑制、ないし制限するものであり、寄宿舎自治における多数決原理の限界を超えているものというべく、従つて正当性を持ち得ないから無効な決議であるといわねばならない。被申請人の機関で決定したことは、ことの如何を問わず、これに従わねばならないとするのは、昔軍隊に「上官ノ命令ハ事ノ如何ヲ問ハズ抵抗干犯ノ所為アルベカラザルコト」という規則があつたが、右規則に絶対服従しなければならないというのとかわらない。申請人は署名運動に対する査問委員会の第一回目の決定である始末書提出の制裁は不当であると考え、右決定に従わなかつたまでである。

以上の次第であるから、本件署名運動は制裁に値しないものというべく、これに対してなされた査問委員会の第一回の制裁決定(始末書提出)は不当であるから、これを前提とする除名処分は結局無効であるといわねばならない。

(二)  自治会々則第六十四条第一号、及び同会則六十三条第一号に基いて本件除名処分がなされたのであるが、その根拠規定である右各規定は次の理由により無効であるから、除名処分も無効である。即ち、右各規定は制裁規定であるが、これは附合契約として包括的合意の擬制の下に契約内容にとり入られたものの、その内容が極めて漠然としていて特定的、個別的な定めではなく、適用者の一方的処置にまかせるような包括的制裁規定であるから、公序良俗違反として無効であるといわねばならない。

(三)  仮りに右各規定が有効であるとしても、申請人には右第六十三条第一号違反の事実がないから、また第三回の査問委員会の決定は無効であるから、いずれにするも結局除名処分は無効である。即ち、申請人が第一回の査問委員会に出席するよう通知を受けながら、これに出席しなかつたのは、自治会々則第十六条の義務違反とはなるが、その効果は、申請人の欠席のままで査問委員会が開かれ、申請人は自己に不利な査問を受ける虞れを甘受しなければならないという同会則第六十八条但書の効果にとどまり、同会則第六十三条第一号違反とはならないと解すべきであるし、更に、第二回及び第三回の査問委員会の各決定は、提訴を欠くか極めて不公正なものであるなど手続面に瑕疵があるし、また右各決定は第一回及び第二回の同委員会の各決定に申請人が夫々服従しなかつたことを理由に制裁を加重したものであるというべきところ、申請人は制裁の執行手段として更により重い制裁を科しても宜しいという非近代的内容の合意をしたこともないし、なおこれは一事不再理の原則の精神にも反するので、それに右第二回の決定は併科を行なつているから同会則第六十四条末項にも違反しているので、右第二回及び第三回の各決定は制裁制度の本質に照らし無効であるといわねばならない。従つて、申請人が第一回の査問委員会に欠席し、更に右第一回及び第二回の各決定に服従しなかつたことをとらえて自治会々則第六十三条第一号違反と目すべきではない。

(四)  なお、除名の一事由となつている反抗的態度について一言するに、第一回及び第二回の査問委員会の各決定が前述の如く無効である以上、これに申請人が従わなかつたからといつて反抗的態度を云々される筋合ではないし、また、反抗的というべき場合は不服従プラスアルフアの場合でなければならないのであり、申請人が前自治会々長水島博を査問委員会に逆提訴したのは、自治会々則によつて会員に与えられた査問委員会え提訴し得るという権利を正当に行使したに過ぎないのであるから、申請人に反抗的態度ありとしてこれを制裁の加重事由に加えるのは失当である。

六、申請人は、除名処分により自治会員の地位を失えば寄宿舎規則第十一条但書第二号により退舎しなければならないので、已むなく本件除名処分後退舎し、その後昭和三十六年七月十一日まで名古屋市中村区千原町四番地秋田典三方に転居して東洋レーヨン株式会社愛知工場に勤務していたが、二交替勤務のため朝勤の場合は午前四時三十分に起床し、始業時間の午前五時三十分に遅刻しないようにしなければならないし、午後勤の場合は午後十時に作業が終り、帰宅するのが午後十時五十分という生活であつた。右秋田方が国有鉄道の工事のため移転しなければならなくなつたので、已むなく申請人は肩書住所のアパートの一室を借り、賃料一ケ月金五千円を支払つているが、その金額は申請人には重い負担であり、それに女一人のアパート住まいは、心身共に苦痛であり、また勤務にも支障を来たすから、本件除名後被申請人に対しても除名取消の要求をしたがこれに応じなかつたので、申請人が加入している申請外東洋レーヨン労働組合愛知支部に対して除名取消につき尽力して貰いたいと依頼したが、最近右組合もこれを取上げてくれないから、寄宿舎に復舎したい希望を有する申請人は、著しい損害を避けるために已むなく本件仮処分命令申請に及んだのである。

ところで、申請外東洋レーヨン株式会社愛知工場附属寄宿舎の寄宿舎規則第十一条によれば、自治会において除名すれば、会社(右申請外東洋レーヨン株式会社愛知工場)は除名処分の当否を判断することなく、且つ退舎させるべきか否かの裁量をも有せず、自動的に右除名処分に従つて被除名者の退舎措置をとらねばならないしくみになつていることが明らかであるから除名即退舎の関係にあるというべく、従つて、自治会と申請人との間の本件除名処分の効力停止の仮処分があれば、第三者である工場は右仮処分に自動的に従うのほかはないといわねばならない。即ち、会社は申請人を復舎させねばならないが、申請人が原始的に入舎するときにとられるべき手続、換言すれば入舎申出及びこれに対する会社の許可に対応するものが本件仮処分命令そのものであるから、右命令があればその効果としての事実上の入舎があるのみである。なお、寄宿舎規則第十一条但書によつて工場と自治会とが協議するのは退舎期日及び要件の有無の形式的判断についてのみである。

仮りに、本件仮処分が会社に対して法的拘束力を有しないとしても、申請人が先ず被申請人を相手取つて本件仮処分を得たうえで、これを理由として申請人が更に会社を相手取つて入舎許容の仮処分を求める場合、会社としては本件仮処分の反射的効力を受けて本件仮処分命令を是認すべき立場に立つ関係上、本件仮処分はなおその点で必要性があるといわねばならない。

仮りに、本件仮処分に何ら法的効力がないとするも、本件仮処分が得られた場合、会社としてはこの仮処分を尊重して申請人を自治会員と認め復舎させる可能性が絶無でない以上、そして、一般に仮処分命令が裁判として事実上大きな影響力を有していることを考えれば、本件仮処分を求める必要性がないとはいえない。

と述べ、

被申請人の主張に対し、

申請人の給料手取額金九千四百円は昭和三十六年八月分のもので、手取金額の一番多い月のものであるから、これを基準にして考えることは失当である。申請人は被申請人主張の如く昭和三十六年七月より一ケ月金三千円昇給したが、現在入居しているアパートは左程高級なものでもなく、また、退寮に当つて被申請人主張の如く下宿を斡旋して貰つたこともない。なお、申請人は本件除名処分を受けた直後より本件仮処分申請と同趣旨の仮処分申請を準備して来たが、労働組合を通じて和解を試み、昭和三十六年二月には仮処分申請をする直前に至つて更に和解を試みるためにこれを延期し、結局本件仮処分申請のときまで猶予したような次第であるから、今日においても仮処分を求める実益は充分にある。と述べた。

被申請代理人は、主文第一、二項と同旨の判決を求め、

申請理由に対する答弁として、

一、第一乃至第四項はいずれも認める。

二、第五項以下は争う。

三、被申請人のなした本件除名処分は、寄宿舎規則及び自治会々則に従つて正当になされたものであり、有効である。

(一)  労働基準法第九十四条第一項によれば、「使用者は事業の附属寄宿舎に寄宿する労働者の私生活の自由を侵してはならない」と定めて寄宿舎生活の自治を保障しているのであるが、右寄宿舎規則はこれに則り、寄宿舎生活が居住者の自治によつて営まれることを宣言し、(同規則第五条)、このため居住者は自治会を設けることとし(同第六条)、寄宿舎生活の風紀、秩序の維持、文化の向上に関する行事は自治会がこれを行うものと定め(同第十五条)、以て具体的に寄宿舎生活の自治を徹底せしめている。かくして設けられた自治会は、寄宿舎居住者の全員が入会すべきものとされ、自治会々則に従つて運営されているのである。

ところで、自治会々則第六十三条によれば、自治会員にして自治会々則及び寄宿舎生活の必要な諸規則並びに機関の決議事項に違反し又はこれに準ずる行為のあつた者その他同条各号に定める者は制裁を受けるべきものとされ、この制裁は除名、権利(自治会員として有する種々の権利)の一時停止、弁償、始末書提出、譴責とし、査問委員会の決定により自治会長がこれを行うものと定められている(自治会々則第六十四条)。寄宿舎生活は各個人の私生活の場であり、その自由が要求される反面、高度の団体性を有するため団体の統制は不可欠のものであり、必然的に制裁規定が設けられることとなる。

申請人は後述する通り自治会機関の決議事項並びに自治会々則に違反する行為を敢てなし、遺憾ながら右制裁規定により処分を受けた者である。

(二)  以下、事件の概略を明らかにする。

(イ)  本事件発生の前である昭和三十五年四月二十二日自治会において第七回常任委員会が開かれた際、当時寄宿舎内において自治会の機関を通さずに映画の券を数枚販売した事実があり、それについて、「今後この種の自治会活動以外の活動を寄宿舎内において大衆を対象として行う場合は予めその旨を自治会に届出、許可を得てから行う」と決議された。右の決議は各常任委員より各寮自治委員会を通じて各居住者に対し周知徹底せしめられた。

(ロ)  昭和三十五年七月二十三日午後三時半頃、申請人(明和北寮一寮九室)は、同室の草野輝子及び本田美記子両名に対し突然新安保条約締結反対、国会解散要求の署名を求めた。右両名は当時十六歳の未成年者であり、且つ、入社後僅か一年経つや経たずの状態で、署名運動につき十分理解しないまま、同室の先輩が責任を持つからというので、それぞれ署名した。ところが、申請人は丁度帰室した長田かつ代にも署名を求めたところ、長田は自治会活動として署名運動が行われているのかどうかに疑問をいだき、申請人に対し、「多くの署名が必要ならば自治会にでもかけて全寮に回したらどうか。」と問うたところ、申請人は、「この用紙は割当でこれだけしかないので全寮には回せない。自分の割当はこれだけである。」旨答えた。そこで、長田は署名用紙の出所を申請人に問うたが、申請人がその出所を明らかにしないで、ただ署名するように求めたので、これを拒否したところ、申請人は「他の人に署名して貰うからよい」といつていた。かくて、長田は直ちに常任委員長にその旨報告するに至り、ここに事件は明るみに出たのである。右に明らかな如く申請人のなした署名運動は、寄宿舎居住者の多数を対象とする計画的なものであつた。

(ハ)  そこで、自治会治安部(自治会々則第三十五条に定める事業を行う)では、早速実情を調査した結果、西村保夫治安部長が当時の自治会々長であつた水島博と相談のうえ、ことを余り大げさに扱わず、従来の慣行により自治会長の個人指導を行つて反省を求めることとし、水島会長は同年八月二十三日申請人に会い、前記署名運動が常任委員会の決議に違反することを指摘してその非を諭した。ところが申請人は、その場では素直に非を認めたので、同会長は慣行に従つて私的な反省書の提出を求めたところ、承諾して反省書を書いた。しかし、丁度印鑑の持合わせがなく、それを取りに行くため部屋を出たが、途中気持が変つて印鑑を持帰らなかつた。そして、同月二十七日、申請人は水島会長に対し、「よく考えて見たら自分のやつた行為は悪いことではない。反省書には印は押せない。また会長が独自の立場で生活指導を行うのは許されない。正式に査問委員会にでもかけて貰いたい。」旨申出た。

(ニ)  ここに、自治会治安部は、正式にこの問題を取上げ、西村治安部長の名で査問委員会に提訴した。第一回の査問委員会は、同年八月三十日開かれることとなり、その前日通知書を以て申請人に対し右委員会に出席すべきことを通告した。ところが、申請人は右委員会開会の直前に当時の査問委員長塩田猛を訪ね、委員会には出席する必要がないと放言して立去り、被査問人欠席のまま査問が行われた。そして、査問の結果、結局自治会長宛始末書提出と決定し、その理由として、申請人のなした署名運動が自治会則第六十三条第一号にふれ、査問委員会に故意に欠席したことは同会則第十六条に違反する結果同会則第六十三条第一号にふれるというにあり、右旨の通知書は同年九月十六日申請人に手渡された。

(ホ)  更に塩田査問委員長は同月十八日申請人を訪ねて同日午後六時までに始末書を提出することを求めたが、履行されなかつた。そこで、第二回査問委員会が同月二十二日開かれ、全員一致で始末書提出のほか十日間の権利の停止をすること、但し始末書提出と同時に権利の停止を解くこととする旨決定し、直ちに申請人にその旨通知した。

(ヘ)  ところで、同年九月二十八日第十一回定期総会が開かれたが、本件に関しても査問委員長より詳細に報告があり、満場の拍手を以て承諾された。

(ト)  同年十月十四日第三回査問委員会(委員長布施晃)の席上、申請人が第一回及び第二回の各決定に従わなかつたことが追求されたところ、申請人は飽くまで自治会々則違反ではないと繰返し、始末書提出の意思がないことを表明した。そこで、査問の結果結局除名と決定し、その理由は、前記二回に及ぶ制裁決定に対し再三遵守方を要請したにも拘らず、これを守らず、反抗的言辞を表すなど、最早本人に改悛を期待し得ない事情にあり、これを放置すれば自治会内部の秩序を保ち得ないというにある。右反抗的言辞を表したことの具体的内容は、査問委員会の第一、二回の決定に従わなかつたこと、申請人の個人指導を行つた水島博を逆提訴したこと、自治会役員に対し査問委員会に出席する必要はないと放言し自治会員に対し自己の行動は違法ではないといつていたこと、である。これより先、同年九月二十四日申請人は、水島博に対し強制的に始末書をとつたということで査問委員会に提訴したが、査問委員全員一致で理由なしとして却下された。しかして、第一回ないし第三回の査問委員会の査問手続は一体性を有するものであるから、第一回の査問請求につき提訴調書が作成されていれば、爾後の査問請求は治安部長及び自治会長からの口頭の査問請求があればよく、特に提訴調書を作成する必要はない。仮りに必要であつたとするも、申請人は第三回の査問委員会に出席しながら異議を申立てなかつたのみならず、その後もこれを申立てていないから、責問権の抛棄により瑕疵は治癒されたものと認めるべきである。その他各査問手続に瑕疵はない。

(チ)  板垣自治会長は、同年十月十五日労務掛長に対し寄宿舎規則第十一条に基いて、申請人に退寮を申渡すように申入れ、同月十八日より起算して七日以内に退寮するよう申渡すことになつた。申請人はこれに対し同月二十一日自治会長及び査問委員長宛に異議の申立をしたが同月二十四日常任委員会において満場一致で否決された。同月二十日頃申請人は、東洋レーヨン労働組合愛知支部書記長に対し除名処分の取消につき尽力して欲しいと申立てたが、右組合執行部としてはこれを取上げるべきではないとして、申請人に対し第二製糸課苦情処理委員会に苦情申立をするよう返答した。そこで申請人は同苦情処理委員会に苦情を申立てたが、同委員会においてもこれを却下した。

(三)  右のようにして、前記除名の決定は、第一回、第二回に及ぶ自治会の制裁決定を無視し、反抗的言辞を表明したことが直接の原因である。団体生活の秩序というものは構成員である各個人が団体の規律を遵守しなければ到底保ち得ないことはいうまでもない。当初の査問委員会の制裁決定に対し、仮りに異議があろうとも、団体の意思決定機関により正当な手続に従つて下された決定には一応服すべきがその団体構成員の当然の義務であり、これなくして団体の秩序は成り立たない。右義務を無視し団体の意思決定に従わない者は、そのことだけでも団体規律に反するものとして除名その他の制裁に値するわけである。この意味において署名運動に対する始末書提出の制裁が不当であるとの理由で除名処分の無効を主張するのは理由がない。

(四)  第七回常任委員会における前記決議は、もとより個人の思想、良心の自由に介入せんとする意図はなく、自治会が団体統制を行うのは寄宿舎内に限定され、その対象は寄宿舎居住者全体又は多数の協同生活に関係のある事項に限られる。その事柄の範囲は自治会員の構成、寄宿舎の構造その他自治会そのものの性格により自ら差異を生ずる。工場の寄宿舎という一般的性格として居住者は概ね未婚で若令であること、職場や生活環境が類似又は同一で、数人宛同室に寝起きする形態が多いので、寄宿舎居住者は団結力が旺盛であり、その反面軽挙妄動の虞れも多いのが特長である。特に自治会は、男子九百名、女子千八百名で、女子の場合平均年令が十八歳そこそこで、思慮分別の未だ充分でないものが大衆団を構成しているのである。かような団体に対し、内外を問わず大衆相手の活動が行われ勝ちであることは当然である。このような団体を何の統制もなく放任すれば、各種の勧誘行為、大衆運動の場となつて自由で平穏な私生活が営めなくなる。そこで円満な団体生活を維持するため前記常任委員会の決議が生れたものである。

四、本件仮処分申請には以下述べる理由により仮処分の必要性がない。

(一)  昭和三十六年八月分の申請人の給料手取額は金九千四百円であつて、申請人は三食共会社工場の食堂で食事をしているので、右金額は食費を差引いたものである。従つて、仮りに金五千円の家賃を支払つたとしても尚金四千四百円の余裕がある。また普通の従業員はせいぜい一ケ月金二千円ないし三千円程度の家賃のところに居住しているが、申請人の現在入居しているアパートはこれに比し著しく高級であり、申請人は昭和三十六年七月より一ケ月約金三千円の昇給があり、生活状態はよくなつている。申請人の退寮に当つては東洋レーヨン株式会社労務課において一ケ月金二千三百円の家賃のところを斡旋したが、申請人はこれを断つた。なお、既に退寮後相当期間経過した今日本件仮処分を求める利益もないといわねばならない。

(二)  本件寄宿舎の管理権は会社に専属し、入退舎の決定権も終局的には会社に専属する。ただ会社は入舎した居住者を以て自治会が構成されている関係上、自治会の自治によつて管理の円滑を期するため特別の事情のない限りその意思を尊重するに過ぎない。従つて、会社は自治会員以外の者も相当数(多いときは約百五十名)相当期間(約六ケ月)入舎させたこともある。自治会が除名をすれば、会社はこれに拘束されて当然退舎を命じなければならないものではない。本件においても会社は自治会と協議したうえ会社独自の判断に基き除名が適法、妥当であるとの結論に達し、申請人の退舎を決定したものである。たとえ本件仮処分命令が得られても、それは第三者たる会社に法的効力を及ぼさないから、申請人は当然に入舎できるものではない。従つて、申請人が寄宿舎に再び入舎せんとせば、被申請人に対して本件仮処分命令を求める以外に、会社に対して入舎許容を命じる仮処分命令を求める以外に方途はない。

と述べた。

(疎明省略)

理由

一、先ず、本件除名処分の問題に対する裁判権の介入の可否について考えるに、本件は被申請人である東洋レーヨン株式会社愛知工場自治会が申請人に対してなした除名処分の効力の停止を求める所謂仮の地位を定める仮処分命令申請事件であるが、およそ自治団体の単なる内部的規律の問題は、その自律権を尊重してその自治的措置に委ね、裁判権の介入の及ばない領域であると解するを相当とするけれども、本件除名処分の如き重大事項については、これを単なる内部的規律の問題として取扱わず司法審査の対象となると認めるを相当とする(昭和三十五年十月十九日最高裁大法廷判決参照)から、申請人に対する本件除名処分に関しては、最早これを自治会の自律権の作用のみに委ねるべきではなく、裁判所の審判の対象となし得るものといわねばならない。

二、次に、申請人が昭和三十一年四月二十四日申請外東洋レーヨン株式会社愛知工場の従業員となつて、現在に及んでいること申請人が同日以降昭和三十五年十月二十六日まで右工場附属寄宿舎に居住していたこと、右寄宿舎生活の自治のため居住者全員を以て自治会が組織され、同自治会は東洋レーヨン株式会社愛知工場自治会と称し、現在の代表者が板垣勉であること、申請人がその主張の如く右寄宿舎内で安保反対、国会即時解散の署名運動をしたことに端を発し、自治会より、昭和三十五年十月十八日附を以て除名処分を受けたことは当事者間に争がない。

三、ところで、本件仮処分は前記の如く仮の地位を定める仮処分であるから、仮処分の必要性は、申請人の蒙る著しい損害を避けるために、本案(本件除名処分の無効確認の訴)の判決確定まで除名処分の効力を停止(自治会々員たる地位の形成)しておかねばならないという必要の存することである。申請人の主張によれば、申請人は除名処分を受けたため当然退舎することとなつたから、已むなく現在多額の部屋代を支払つて女一人のアパート住まいをなし、物心両面にわたつて著しい損害を蒙つているので、復舎(寄宿舎に復帰すること)することによつて右損害を避けたい、というのである。

しかしながら、自治会員の地位を復活させることにより当然復舎させることができるであろうか。以下これについて考えるに、成立に争のない甲第九号証、第十五号証、証人水島博の証言を綜合すれば、寄宿舎の管理権は会社(東洋レーヨン株式会社)に専属し、会社より自治会にこれが移譲されていないことただ会社は自治会の自治によつて寄宿舎管理の円滑を期するため自治会の意思を尊重する立場をとつているが、入舎及び退舎については勿論のこと、特に除名による退舎(寄宿舎規則第十一条参照)の場合であつても、会社の意思の介入が必要とされていること、が認められるから、右認定事実に徴すれば、除名による退舎の場合であつても、除名処分のみによつて当然退舎させることができるものとは認められず、従つて逆に、除名処分の効力を停止して自治会員の地位を復活させることのみによつて当然復舎させることができるとはいえないのである。しかるに、申請人は復舎しなければ損害を避けられないと主張している。

よつて、本件仮処分はその必要性を充たし得ないこととなること明らかである。申請人が損害を避けるために復舎するには会社を相手として入舎(復舎)許容を命じる仮処分を求むべきで、本件仮処分を求めるのは迂路といわねばならない。

四、また、本件仮処分は、仮の地位を定める仮処分であつても、第三者である会社を法的に拘束して、その結果として当然会社に対し申請人を復舎させねばならない効力を及ぼすものでないことはいうまでもない。申請人が本件仮処分申立のような理由で仮処分を求めるなら、前記の如く右会社を相手として入舎(復舎)許容を命じる旨の仮処分を求めるべきであつたといわねばならない。なお、本件仮処分が右会社相手の仮処分に先行しなければならない理由もなく、その基礎となるものでもないし、申請人の主張するが如き「会社が本件仮処分を尊重して入舎(復舎)を許容する可能性が絶無ではない」というくらいのことでは、本件仮処分の理由となり得ないこと勿論である。(昭和二十六年一月三十日最高裁第三小法廷判決参照)。

五、以上説述したとおりであるから、本件仮処分申請は、仮処分の必要性を欠くこと明らかであり、従つて本件除名処分の当否(被保全権利の存否)について判断するまでもなく、却下を免れない。

六、よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 平川実)

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